基礎願力学序説
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基礎願力学序説
一、願力とは何か 願力とは、本質的には「運命の原動力」である。宇宙の生物が特定の「運命」を歩むための中核となるエネルギーであり、あらゆる知的生命体の思考活動や精神波長の中に潜んでいる。 しかし広大な宇宙において、願力はたいてい形を持たず、離散した状態で存在する。二相楽園では、愉悦の幻月が光を注ぐ時に限り、願力は運命のエネルギーの干渉を受けて顕現する。 この思考エネルギーは、幻月により物理的な実体と干渉可能な特性を与えられた。まさに幻月の加護のもと、願力は虚実の境界を越え、千差万別の姿を持つ、生気に満ちあふれた「幻造の生命」として凝集したのである。 二、願力の効果 二相楽園における社会学と工学の範疇では、願力は幻造種の体を構成するだけでなく、現代文明全体を構築するための基本単位でもある。 雷龍の生理的変換作用により、願力は安定した電流や通信帯域として大規模に出力され、全域の電力供給とネットワーク信号を維持している。また、荒野と都市を行き交う迅刀龍列車は、願力のみを動力源として走り続け、楽園の絶え間ない交通の大動脈となっている。 それ以外に、願力の応用は非生物分野にも広がりを見せている。願力で動く精密な呪い人形、永遠の夜を照らす願力電灯、そして払暁戦隊が装備する最先端の戦鎧。そのすべてが、願力の高度な開発及び利用によって生まれたエネルギーを核としているのだ。 三、幻造種と二態願 願力には多種多彩な形態があるが、現在の技術水準で安定して制御・運用できるのは、ある特定の形態——「二態願」だけである。 研究によると、幻月の放射範囲内、またはごく一部の実験室条件下でのみ、願力は安定した「二態願」構造を維持できるようだ。この構造はきわめて強い排他性を有している。幻造種の生理機能は二態願のみ摂取でき、宇宙に広く分布する「離散願力」を直接吸収することはできないのだ。 読者諸氏に分かりやすく説明するため、有機生命体と酸素の関係に例えてみよう。陸も海も大量の酸素を含有しているが、肺呼吸をする動物は空気中の酸素しか摂取できない。そのため、海に入ると水中の酸素をうまく取り込めず、溺れてしまう。 幻造種にとって、離散願力は「海における酸素」のようなものだ。どこにでもあるのに、彼らの体では吸収できない。そのため、幻造種は何らかの「願力の酸素ボンベ」に頼らなければ生命を維持できないのだ。 再版注(楽園暦1999年):本書は1972年に執筆されたものです。文中の嫌気性および非呼吸型種族に関する記述には、時代の限界と認知の偏りが見られ、「有機生命体至上主義」の疑いがあります。古い類推による学術的な誤解を避けるため、読者の皆様は慎重にご判断ください。 四、まとめ 願力学の理論的枠組みはおおむね構築されたとはいえ、正直に認めなければならないことがある。我々の願力の運用は「愉悦」の星神の力にほぼ完全に依存しているため、その本質はきわめて不確実かつ混沌とした色彩を帯びており、従来の還元主義的な解析方法では太刀打ちできないということである。 今日に至るまで、本分野は大量の理論的仮説、経験に基づく半定量的公式、そして再現不可能な実験結果であふれかえっている。願力の真理は、まるで幻月の影に潜む霧のように、いまだ私たちにその全貌を見せてはくれない。 本書は、後に続く者たちへ真理を覗く窓を提供することを目的として執筆された。本分野には、未だ解明を待つ数え切れないパラドックスと、証明あるいは反証を待つ無数の仮説が存在しているのだ。 後輩の学者たちが、この「愉悦」に満ちた学問の道で、自分だけの答えを見つけられることを祈って。
